折り合いをつける

エッセイ

「折り合いをつける」

互いにある程度譲り合って双方が納得できる妥協点を定めること。 互いに意見や立場が対立しないポイントを見出すこと。

私は、スノーボードを始めて24年が経ちます。

年数ばかり長くて、一向に上手くなりません。

私と同じ歳のスノーボーダーたちは、プロスノーボーダーとなり、世界で活躍し、レジェンドと呼ばれ、下の世代へとバトンを引き継いでいっています。

下の世代のスノーボーダーたちも、どんどん活躍し、プロスノーボーダーとなり世界で活躍しています。

15、16年前にスキー場で見かけていた小さな女の子は今、プロスノーボーダーとなり、オリンピックやワールドカップに出場し、世界と戦っています。

では、同じ15、16年を過ごしてきたはずの私のスノーボードは、一体なんなのでしょうか?

センスがなかった。

才能がなかった。

本当にこれ一言で終わってしまいます。しかし、私のスノーボードは、24年も続いています。

センスがないことにも、才能がないことにも、とっくの昔に気がついていました。

では何故、24年もの長い間、スノーボードを続けることができたのか?

「折り合いをつける」

いつの頃からか、折り合いをつけていたのだと思います。

通常ならば、相手があってこその折り合いですが、私のスノーボードの場合は、相手がいるわけでもなく、自分自身の気持ち、心との折り合いです。

自分自身の気持ちに折り合いをつけてまで、スノーボードを続けているなんて、自分でもおかしいと思います。

上手くならない自分。

他人と比べて下手くそな自分。

そんな自分自身との折り合いです。

ただし、この自分自身との折り合いは、決して「妥協」では無いのです。

「折り合いをつける」の意味の中には、納得のできる「妥協点」を定めるとありますが、私にとっての折り合いは、「妥協」では無いのです。

何故なら、24年間下手くそなまま続けているスノーボードですが、今もなお、年間100日近く練習しているからです。

自分自身との気持ちや心に折り合いはつけましたが、決して諦めた訳ではなく、スノーボードに対して、「妥協」もしていないのです。

私にとってのスノーボードの折り合いとは、スノーボードの中での折り合いです。

ジャンプが上手くなりたいけど、上手くならない。

では、ジブを練習する。

ジブも上手くならない。

では、フリーランを練習する。

インストラクターになれた。

スノーボードという競技の中で、自分の成長できる競技をする。

これが、私のスノーボードの「折り合いをつける」です。

結果、上手くならないジャンプやジブも辞めたわけではないので、インストラクターへの道へ進んだことによって、より一層スノーボードへ、のめり込むことになりました。

これからもきっと、上手くはならないと思いますが、「妥協」ではない「折り合い」を見つけながら、スノーボードを楽しんでいきたいと思います。

結局、なにが言いたいのかというと、

「スノーボードが好きなんです。」

 

 

 

 

 

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